中期計画に対しての意見 -- I



【編集者注:ここに挙げる意見は、文章の改変をせずにそのまま引用した。】

総体的に見て、あまりにも主観的願望に基づいた、調査の裏付けのないまたは拙速な内容には驚かされる。 

1)法人の財務運営について初めて具体的な目標が提起された。「財務運営の改善に関する目標を達成するためにとるべき措置」のトップにあげられて いるのは「外部資金等の増加に関する目標を達成するための措置」である。前年度にたいする具体的な拡大目標(数値は未定)が掲げられているので、 いかに重視しているかが分かる。
 しかしここでの最大の問題は、すでに多くの論者によって指摘されているように、新大学の基本理念「大都市における人間社会の理想像の追求」と矛 盾する事である。このような、本来は主として行政が行うようなテーマを指向した場合、科学研究費などの外部資金獲得は大きな困難に直面する。配分 を決める審査員は大学の外部に、さらには都政の外部に存在するのが一般的であるから、これまで基礎的研究で外部資金を獲得してきた研究者が「基本 理念」に配慮して無理に研究テーマを変更しようとすれば、外部資金の獲得率は明らかに減少する。企業等と連携して行う研究でも「大都市における人 間社会の理想像の追求」などと言われれば、尻込みする企業(特に中小企業)も増大すると予想される。大企業においてすら、都政に貢献することの宣 伝効果が投資に見合うと考えているところは少ないと思われる。したがって、全体として外部資金が減少することはあっても増大することはあり得ない 。
 加えて、優秀な教員の大量流出が止まらない現状では、外部資金獲得量も減ると推定するのが妥当であって、この原因の解明と除去なしに外部資金獲 得量を増大させるのは著しく困難である。
 以上のように、外部資金獲得量の増減を決める種々の要因をまったく調査せずに目標・計画を立案する事自体、これらの実行可能性を極めて疑わしめ るのに十分である。
 この矛盾を解決しようとすれば、新大学の基本理念を変更するか、「全学的な外部資金等の獲得」の項を削除するしかない。また、優秀な教員の大量 流出を防ぐ施策こそ必要である。

2)上の例はごく一例に過ぎない。そもそも、計画・目標は企業で言えば「道程表(Road map)」に対応する。企業で道程表をつくる場合は、たとえば 2010までに半導体のクロック周波数の目標を設定し、それを実現するための具体的なステップが明らかになっているような場合である。成功確率が50% 以下であるような場合は単にR&D(研究開発)を行うのであって、道程表はもっと確実な場合にとられる手法である。したがって、たとえばインテル も東芝もその他のメジャーな半導体メーカーは、ほとんど同様に1500-2000億円程度の投資を行う。逆にR&Dは、たとえばカーボン・ナノチューブの研 究のように、種々の研究のなかで、結果的に実用化に結びついた研究の割合が1%以下と推定される場合であっても敢えて行うような研究である。中期 目標・計画はそのようなリスクをもつR&Dであるべきではなく、より確実な「道程表」に対応するものでなければならない。逆に、研究こそはR&D が許容されねばならない。
 この視点で見ると、今回の目標は非常に裏付けに乏しい。「資産の管理運用に関する目標を達成するための措置」も、本学の地理的な条件を含めて本 当に市場調査をおこなったどうかも疑わしい。「オープンユニバーシティの事業収支の改善」も同様である。一般に、今回の目標・計画は、科学的な調 査なしで単に願望を表現したようなものであり、それを数値目標にしても、達成できなければ責任をとるのは最高経営責任者たる理事長である。
 したがって、今回の計画は初歩的・根本的なところで問題がある。そもそも、多くの国立大学法人の中期計画・目標は遙かに具体的かつ説得力がある。 これらは、多くの具体的データを蓄積している現場の教職員の案を積み上げたものをたたき台として作り上げたからに他ならない。今回の案の欠陥を是 正するには、各部局の教職員の意見を積み上げるという過程を省略するのではなく、もう一度その原点に立ち返るべきである。

3)特に教学事項に関しては、まず教員の意見を積み上げるべきである。それを省略したために、とんでもない方針が目につく。たとえば「単位バンク システム」は実施するとしても学校教育法の制約を受ける。「平成17年度は、首都大学東京のすべての学部科目を科目登録し、・・・」とあるが、学 外に公開してどの程度の需要があるかの裏付け調査をおこなったとは考えにくい。学外に需要があるとすれば、他の大学においてはあまり一般的でない 特徴的な科目であるのが普通で、それらは一部に過ぎない。また、他大学の科目の認定に当たっては相手の意向を調査せずに実現性を担保できるとは考 えられない。「学長室に『単位バンク推進担当』を置く」とあるが、順序が逆転している。先に調査がなければ推進の可能性は明らかにならない。まし てや「現行法制度上の制約条件緩和に向けて・・・」という実現性の極めて乏しいことを計画にすべきでない。学校教育法は都立の大学のみを律するた めに存在しているのではないからである。実現できなかった場合の責任が、現場の教職員にないことも明らかである。

4)急激な変化になじまない、時間のかかる事項もある。たとえば「学生支援に関する取り組み」にも実態の調査不足と拙速な発想が見られる。就職支 援と、履修相談、「学修カウンセラー」の分類における教員の役割が不明確である。従来の学修上の最大問題は、成績不振学生や学業に意欲をなくした 学生に対する適切かつ親身な指導・助言であり、これは経験上、教員が主導的に行うのが適切である。就職支援についても、学生の能力・適正と就職先 との適合関係やそれらと就職活動との成功・不成功の関連をもっとも詳細に把握できるのは、学生との接触の機会が多い現場の教員に他ならない。なぜ なら、部局によっては半数以上の学生が大学院に進学するケースもあり、まずもって進学か就職かの選択のアドバイスが重要になる場合が多いからであ る。通常、卒業研究生を配属するような研究室を主催する教授・助教授層が実質的にその任務にあたってきたので、少数の「学修カウンセラー」や「就 職カウンセラー」でこれらの任務を全うするには、よほどの人的資源の裏付けと緻密な年次進行計画が必要となろう。
 もちろん、教員が学生の就職支援の業務からはずれることは、教員が教育・研究活動にさく時間を増やせる意味では望ましい。しかし一挙に、従来の やりかたを一元化して、少人数で対応とするならば、過渡的には著しく就職情報等の情報量が減ることが予想される。したがって、学生支援の新しい体 制の確立をめざすにしても、ノウハウの移行や、情報収集、過去の事例の集積をふまえた戦略の立案のみならず、新しい体制に係わる教職員の養成・訓 練等を時間をかけて行う必要があろう。一時的にも学生に不利なしわよせ与えないようにするためには、最短でも中期計画の期間である6年程度が必要 であろう。多くの私立大学では学生支援に莫大な人員を割いているのが通常であり、新大学のように職員数を低減しながら学生支援サービスの質量の向 上をめざすのは、原理的な困難を伴うからである。

 以上の例のように、今回の中期目標・計画には、年次計画を示したうえで場合によっては軌道修正の可能性を残すといった柔軟性はみられず、いかに も硬直した拙速な計画立案も目につく。



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