中期目標素案(たたき台)への意見
2004 年11月 24日 都立大学人部学部 石川知広
前計画の白紙撤回と新たな新 大学計画の発表以来、大学のあり 方に対する東京都の頑迷なまでの無理解ないし錯誤は、さまざまな場面で指摘されてきた。評議員として小職も、これまで数度にわたり意見を申し述べてきた が、都ははじめから大学側の考えにはほとんど耳を貸すつもりがなかったように思われる。今回ようやく示された中期目標の素案を見ても、ますますその感を強 くせざるを得ない。東京都は、これで本当にどこへ出しても恥ずかしくない「存在意義のある大学」が作れると思っているのであろうか。たしかに、大都市、と りわけ東京の抱える課題が複雑かつ多面的であり、その解決がきわめて困難であることは素案の指摘のとおりであろう。東京都が設置する大学が、「象牙の塔」 にこもり、メガロポリスの危機的現状に背を向けることはもはや許されないということもある程度正しい。しかし、即効性のある対策を求めて大学全体に安易に 「都のシンクタンク」機能を期待するならば、逆に自ら課題の困難さに目をつぶり、解決ではなくその真似事でお茶を濁すのみならず、さらに一層問題を錯綜さ せるだけに終わることは間違いない。それを見て、他の大学、および専門のシンクタンク組織は、それぞれ何と思うであろうか。
大学は行政組織ではない。し かるに、公立大学の場合には、法 人規定が独立に作られず、他の地方独立行政法人と並んで地独法に組み込まれてしまったことは、大学を行政組織と同列に扱うことにほかならず、法理上の致命 的な錯誤である。国立大学の法人化も含め、日本の社会が賢明なら、やがてその誤りに気付き法の改正へと向かうであろう。大学に競争力をつけるためといえば 聞こえはよいが、実態は、増えすぎた金食い虫の高等教育機関とそこに属する人員の整理にほかならないからである。
しかし、そのように無理やり整 理した結果生ずる教育研究組織の 空洞化は、やがて日本の国際競争力の致命的な弱体化となって現れることは指摘するまでもない。
教育には、教師と 学生の人格の出会いという本質的に計算不能の偶然の要素が含まれている。予備校や専門学校におけるような単なる既成の知識の注入は、いかに巧みな教授技術 に支えられていようと、そこから新しいものが何も生まれる可能性がないという意味で、言い換えれば学生が教師を超えて進む可能性を開かないという意味で、 教育ではない。知が死んだ体系ではなく無限に拡大する運動であるのは、まさにこの出会いによるのである。研究には、国際的に形成された専門家集団の規制の もとではあれ、偶然の発見と内発的な創造性の発揮とが不可欠である。予め結論が見えており、予算を投下する価値があることが分かるような研究は、実は研究 の名に値しない。研究の本質は暗中模索であり、多くの試みが失敗や評価不能に終わるなかで、人類の知の活性の継続に貢献するものは少数にすぎない。それ に、失敗自体も立派な成果なのだ。教育、研究のどちらも、何よりも自由な環境の中での自発性・内発性の確保が欠かせないことを忘れてはならないのである。 しかし、今回の中期目標素案には、そのような研究教育のあり方への配慮がまったく欠けている。それどころか、現業の事業所か何かのような効率至上主義と管 理絶対の思想だけが目立つ。そこでは、学生も教員も息がつまり、どんな意欲も抱くことができないまま、自由な空気を求めて外に逃げ出すことしか考えないで あろう。職員に関して言うなら、無事本庁に戻ることしか考えない都からの出向職員は責任逃れに終始し、任期つき雇用でろくな権限も与えられない固有職員は 骨を埋める覚悟どころか腰さえ定まらず、使い走りの仕事しか任されない契約職員はアルバイトと割り切って時間を潰すことしか頭にない、といった有様になる 恐れはないであろうか。昨年夏以来の新大学設置準備の混乱と、現に進行中の開学準備の遅滞を見ても、出発以前からしてすでに荒廃が始まっていると言っても 過言ではない。東京都は、嘘と美辞麗句で固めた空々しい新大学の宣伝をきっぱりとやめ、それが裸の王様にほかならないことを正直に認めるべきである。そし てどんな大学であれ、そこに未来を託して入学してくる若者がいる限り、それだけの価値のあるものにする責任があることを深く自覚すべきである。
すでに何度も訴え たことであるが、そのために何より必要なものは、現大学から移行する教員すべてが納得して新大学に就任できるように、都立大学総長はじめ大学からの意見に 耳を傾け、新大学の組織と運営体制を考え直すことであるのは言うまでもない。中期目標素案という求められた範囲を逸脱することは承知のうえで、以上の小職 の愚見がそのための一助となることを願ってやまない。
* * *
以下、逐条的に文言の改訂・変更を提案する。
P.2「教育研究の活性化のた めに、教員間の競争原理の導入 や…」
→「教育研究の活性化のた めに、異分野や部局を異にする教員間の協力関係の推進や…」
P.3【基本理念】
「この使命の実現のた め、幅広い知識と深い専門の学術を 教授研究し、大都市の課題解決に
貢献するとともに、大 都市で活躍する人材を育成 し、…」
→「この使命の実現のた め、…大都市の課題解決に貢献する とともに、広く人間社会の向上・
発展に寄与する人材を育成していく。」
【社会貢献】
「「地場優先」の視点に 立って大都市東京の現場に立脚し た教育研究及びその成果の地域への
還元に取り組むと ともに、様々な大都市の課題が集中する…」
→「「地
場優先」の視点に立って大
都市東京の現場に立脚した教育研究及びその成果の地域への
還元に取り組むのみならず、様々な大都市の課題が集中する…」
P.6[1.教育に関する目 標]
「首都大学東京は、大都 市の実社会で様々な課題を解決 し、リーダーとして活躍していける人
材の育成をめざす。」
→「首都大学東京は、大都市はいうまでもなく広く国内外の実社会で 様々な課題を解決し、 リー
ダーとして活躍していける人材の育成をめざす。」
「学部においては、…工夫を凝らした実践的な教育手法により、都市社会の抱える様々な課題
を理解し、…」
→「学部においては、…工夫を凝らした実践的な教育手法により、都市社会の抱える様々な課題
を、全地球的な視座から理解し、…」
「大学院においては、都市社会が抱える様々な課題の解決に向け、…人材を養成する」
→「大学院においては、都市社会を通じて顕著に現れる現代世界の様 々な課題の解決に向 け、…
人材を養成する」
「新しい教育システムとして、単位バンクシステムを導入し、自大学のみならず、他大学で
授業等を単位として認定するとともに、学生の将来設計に合わせた多様(な選択を可能にし)」
→「新しい教育システムとして、単位バンクシステムを導入し、自大学のみならず、他大学での
授業等を単位とし て認定するとともに、専攻やコースの教育課程が許す範囲内で、学生の将来設計に合わせた多様 (な選択を可能にし)…」
P.7「学部においては、…育 成する。これらの取り組みを通じ て、都市教養という概念が広く社会
に認知されるよう努め る。」
→「学部においては、…育
成する。これら
の取り組みを通じて、都市教養という概念が広く社 会に認知されるよう努める。」
「基礎教育センター等が 中心となり、ファカルティ・ディ ベロプメント(FD)の 体制整備や、
効率的に教育の質を改 善する仕組みづくりを行うととも に、自己点検・評価等…」
→「基礎教育センター等が
所管するファカルティ・
ディベロプメント(FD)担
当組織により、教育の質を改善する仕組みづくりを行うとともに、自己点検評価等…」
「また単位バンクの科目 登録において、詳細なシラバスの 公表など、一定の評価基準を満たし
た科目のみを認定し、 教育の質の確保に努めるととも に、学生の評価なども活用していく。」
→「また、単位バンクにおける大学外部の教育資源の利用については、詳
細なシラバスの公表な
ど、一定の評価基準を満たした科目のみを認定し、教育の質の確保に努めるとともに、学
生
の評価なども活用していく。」
P.10[(1)研究の内容等 に関する目標]
「大都市の課題は、従 来の学問体系とは無関係に複雑か つ多面的に発生する。このことから、
……組織の枠組みを超 えて、戦略的に先端的・学際的な 研究を推進する。」
→「大都市の課題は、従
来の学問体系と
は無関係に複雑かつ多面的に発生することから、…
…必要な場合には、組織の枠組みを超えて、戦略的 に先端的・学際的な研究を推進できる 体制を積極的に整える。」
[(2)研究実施体制 等…]
「……細分化された研 究体制を大括りにし、既存の学問 体系を横断するような幅広い視点か
ら研究体制を整備 する。」
→「…細
分化された研究体制を大括りに
し既存の学問体系の発展・深化に貢献できる体制を整
える一方で、各分野を横断するような幅広い視点から機動 的に研究体制を組むことも容易
なシステムとする。」
P.11「首都大学東京の使命 を踏まえた研究に対して、傾斜的 に研究費を配分し、研究の活性化を
図る。」
→「学術 の体系に沿った研究に基礎的研究費の配分を保障したうえで、首都大学東京の使命で
ある大都市の課題解決をめざす研究に対しては、別個に傾斜的に研究費を配分し、研究 の活性化を図る。」
P.14[業務運営の改善…目標]
「また、経営及び教育研究に関し、……経営審議会及び教育研究審議会の審議を経て、業務
運営の基本方針を決定し、それに基づき教員と事務職員が一体となって業務運営を行う体
制を整備する。」
→「また、経営及び教育研究に関し、……地方独立行政法人法に基づく経営審議会及び教育研究審議会の審議を経て、業 務運営の基本方針を決定したうえで、学校教育法に基づく教授会の協力のもと、教員と事務職員 が一体となって業務運営を行う体制を 整備する。」
[教育研究組織の見直し…目標]
「また、部局内の事項については、部局長がリーダーシップを発揮する。」
→「また、部局内の事項については、部局長がリーダーシップを発揮する。」(全
文削除)
P.15[人事の適正化…目標]
「……学内運営の活性化を図るため、新たな人事制度として、任期制・年俸制や業績評価
の導入、勤務条件の弾力化などを進める。」
→「……学内運営の活性化を図るため、新たな人事制度として、大学教 員任期法の趣旨にかなった戦略的 教員ポストを新設し、これについては、任期制・年俸制や業績評価の導入、勤務条件の弾力化などを進める。」
以上