東京都の2004年度大学研究費配分方針の問題点について

<抗議と提言>

2004年5月27日

東京都立大学人文学部教授会


2004年度の大学研究費予算をめぐり、東京都は、それが現大学に係るものであるにもかかわら ず、2005年開学予定の新大学の「研究費配分方式の試行」と称し、およそ研究機関としての大学 の実情を無視した予算執行を実施しつつある。すなわち、従来各大学の学長に個別に交付していた研 究費を大学管理本部に集約しこれを一元管理するなかで、基礎的研究費を大幅に減額するとともに残 りを傾斜的配分研究費に積み増し、さらに、後者の少なからぬ部分を正体不明の「教育の改善に資す る研究」なるもののために管理本部内に保留するとしている。  また、傾斜的配分研究費に係り、その配分方式を、大学側との合意もないまま新大学の準備組織た る経営準備室において一方的に決定し、各大学に対し室長(新大学理事長予定者)名で通知すると同 時に実施に移しており、すでにその公募の申請期限も近づいている。  しかしながらこれらは、手続きの面においても、また、大学における研究教育の特性の観点からも 、 公的責任を負う設置者として許しがたい暴挙であると言わなければならない。以下に詳細に述べるよ うに、こうした措置は、憲法・教育基本法など関連法規に規定された学問の自由と大学の自治に抵触 するのみならず、現大学の教育研究の正常な運営を著しく阻害することは明らかだからである。

1.研究費予算の配分・執行と教員人事は大学の自治の根幹であり、現行教育関連法規に従う限り、 何人も正当な理由なくこれに容喙することは、教育基本法(第10条の1)にいう「不当な支配」に ほかならない。しかるに、東京都は今般、大学管理本部に予算を一元化し、その配分方式を大学との 協議をまったく経ぬまま決定・強制するという措置を強行した。これはまさに「国民全体に対し直接 に責任を負って行われるべき」教育に対する不当な支配であり、我々は断じてこれを認めることはで きない。

2.研究費予算のうち、「傾斜的配分研究費」として4割超という大きな部分を留保した結果、大学 部 局の一部には専攻の経常的運営費すら不足する事態が生じている。とりわけ、人文学部のごとく基礎 研究に重点を置く組織の場合、傾斜的配分研究費のような短期的研究課題に基づく公募型予算配分シ ステムの過度の重視は、死活的な問題を生じかねない。さらに言うなら、こうした近視眼的予算配分 は、大学における基礎研究の基盤を危うくし、結果的に設置者による研究分野の恣意的選別に道を開 く恐れが大きい。教育基本法に定める「必要な諸条件の整備確立」(第10条の2)は、まさにかか る 不当な支配の試みに対抗するための自立性を教育機関に保障しようとするものであることは言を待た ない。

3.新大学経営準備室長名による4月23日付通知「傾斜的配分研究費の考え方について」、および 同 月30日付大学管理本部長通知(「平成16年度東京都立の大学における傾斜的配分研究費取り扱い 要 綱等の制定について」)が示すように、傾斜的配分予算の取り扱いは、経営準備室運営会議において 一 方的に提案・決定され、同会議委員としての総長・学長の参加にもかかわらず、いかなる意味でも大 学側の承認を経たものではない。事実、都立大学総長は、すでに第1回運営会議(2月13日)にお いてこうした考え方に疑義を提出したにもかかわらず、実質的審議のないまま決定となったと伝えら れる。しかしながら、ことが現大学の今年度予算に係る以上、来年度開学をめざす新大学のための準 備組織がいかなる権限のもとにこうした方針を決定できるかについては、強い疑念を抱かざるを得な い。とりわけ東京都が、これまでの新大学設置準備の過程で、大学との協議を避けるために「現大学 の廃止と新大学の設置」であるとして組織上の断絶を強調してきたことに鑑みれば、いまだ存在しな い新大学のための準備組織が、現大学の研究費配分を決定することは越権行為以外の何ものでもない 。 このように、時に応じ、新旧両組織の断絶と連続というふたつの矛盾する議論を自らに都合よく使い 分けることは詭弁というに等しく、新大学が現在認可審査中であることからも、東京都は改めて申請 者としての公的責任を深く自覚すべきであろう。

4.「傾斜的配分研究費募集要項」の5の(7)には、「新大学に就任を予定していない教員は応募 す ることができない」と明記されているが、このように新大学への就任意思の存在を前提に応募資格を 制限することは、現大学の2004年単年度予算の執行として不当きわまりないものであると同時に 、 現段階における「新大学の理念」に賛同できない教員に故意に不利益を及ぼすことにより、あまたの 点で欠陥のある新大学計画承認への誘導を図るものと指摘せざるを得ない。たとえ意思確認書を提出 したとしても、多くの教員は新大学計画に疑問を持ち続けており、今後の成り行き次第では新大学就 任を拒まざるを得ない局面も十分予想される中で、研究費をめぐりこのような露骨な干渉を加えるこ とは、公正であるべき設置者にあるまじき行いと言うべきである。

5.同じ「募集要項」の4に示された6種類の対象研究分野のうち、いわゆる基礎研究に該当するも のはかろうじて最後の(6)に付属した括弧内の但し書きだけであり、それも、「新大学の理念に合 致 した」ものという全体規定のもとに制限されている。上述のように、基礎研究への第1次配分が不十 分なままに傾斜配分予算に偏った対象分野を設定することは、大学における研究教育のあり方への根 本的無理解ないし錯誤を露呈するものでしかない。このように基礎的研究を軽視して進められる課題 追求型研究や応用研究が、早晩枯渇に向かい結局は元も子も失うことは火を見るより明らである。

6.最後に、研究課題の審査方法については、学長・学部長等による第1次審査、研究費審査小委員 会による第2次審査、研究費配分検討委員会による最終審査という3段階の選考を経て、最終的な交 付対象および交付額の決定を見るとされている。しかし、研究費配分検討委員会は経営準備室運営会 議と構成員を同じくしており、また、その下に設けられる小委員会の構成もまだ明らかではない。し かしながら、これらが現大学とは別個の組織である以上、現大学の研究教育に第1次的責任を負い教 授会を代表する学長・学部長等の判断が外部組織の判断に従属するような審査体制は、大学の自治を 侵す恐れが大きいものとして深い危惧の念を抱かざるを得ない。提案にあるようなピラミッド的な委 員会構成は、必ずしも専門的識見を有するとは限らない上部組織の恣意的な運用の温床となる可能性 があるからである。

以上述べたように、今年度の予算配分方式は多くの点で問題を抱えたものであり、我々人文学部教 授会は、大学の特性に改めて特段の配慮を行いつつ速やかにこれを改めることを、東京都に強く求め るものである。また、今回の措置が新大学における研究費配分方式の試行であるとすれば、上述のよ うに欠陥の多いシステムが新大学においてもそのまま踏襲されることは、研究教育組織としての大学 の真の発展を阻害すると判断されるところから、大学管理本部および経営準備室運営会議に対しこの 方式の全面的な見直しを行うよう要請する。

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最後に望ましい予算のありかたについて提言を行い、経営準備室運営会議での議論に一石を投じて おきたい。

1.各学部の事情により必ずしも一律に取り扱う必要はないが、全般に基礎的研究費の配分割合を大 幅に高めること(たとえば8割)。とりわけ、人文科学、理学など学問の長期的発展を視野に地道な 研 究を積み重ねる必要のある分野には、大学として手厚い基礎研究費を保障すること。プロジェクト型 や応用的分野の研究費については、より積極的に科研費・民間企業委託研究費等外部資金の導入を図 るものとし、そのための全学支援機関の設置を検討することが必要であろう。

2.東京都の施策に関連する独自の課題応募型研究費を別枠で設け、都政の一環としてこれに現在以 上の思い切った予算を割り当てること。また、都政の目先の課題にのみ眼を奪われるのではなく、大 学が有する社会的機能としての長期的視点からの政策批判・立案の分野にも予算配分を恐れないこと 。 自治体としての東京都にとって、必要なのは各種審議会等で都度の都の方針をオーソライズしてくれ る御用学者ではなく、高所大所からあえて正論を唱える見識ある研究者であろう。

3.研究費配分は教学組織の主導に任せるとともに、極力、教育研究の直接の担当者たる各教員およ び教授会のイニシアティブを排除しない形で運用できる制度とすること。そのために、下からの実質 的な議論の積み上げを制度的に保障すること。いわゆるトップダウン方式の過度の導入、およびチェ ック機能を果たす中立的な学内委員会組織の不在は、個々の教員の活力ある自発性に大きく依存する 大学組織の死命を制しかねないことを銘記すべきである。

以上