新大学教員給与制度について(東京都立大学人文学部教員 X,2004年7月23日)


新大学教員給与制度について

2004年7月23日

人文学部(教員 X)

I. 今回提示案の問題点

1  いわゆる「旧制度」の説明がまったくない。

コメント
  法人への移行に際し、教員が、いわゆる「旧制度」と任期制・年俸制を骨格とす る「新制度」の双方を見比べ後顧の憂いなく判断を下すためには、「旧制度」と 呼ばれるものの内容が詳細に提示されていなければならない。それを怠ったまま、 単独で示された「新制度」について意見を求められても、完全な評価・判断を行 うことは不可能である。かりに「旧制度」が、これまで伝えられた通り現在の給 与の据え置きを前提とするのであれば、労働条件の不利益変更の禁止という労働 法上の大原則からして、この制度に大きな問題が伴うことは明らかである(とり わけ、生涯賃金の観点から)。このように、選択肢の一方を故意に不利なものに したうえで、原理上不透明な部分(再任の可否、業績評価等すべてが「評価」に 依存する)を多く含む新制度との間で選択させることは、意図的に後者への誘導 を狙うものとしか考えられず、公正さを欠くと言わなければならない。

2  掲げられた目的と手段の矛盾

コメント
  新制度においては、(1) 優秀な教員の確保、(2) 職務怠慢の防止、(3) 能力の劣 る教員、怠慢な教員の淘汰などが目的とされている。しかし、(1) については、 東京という立地、東京都を設置者とする安定性、開学以来の学問的蓄積などの理 由により、都立大の幾つかの学部ではすでに十分達成している。敢えて一層の充 実を図るなら、待遇面でプラスのインセンティブを与えるのが正しい方向である。 都立大学開学時、国立大学より号俸を優遇することにより、短期間で優秀な教員 を集めることに成功したことは語り草になっており、もう数十年前に国立大学よ り待遇を落としたにもかかわらず、大学界では今でも「都立大の高給与」の伝説 が一人歩きしているほどである。教員は、研究教育環境(同僚・学生・職員など 人的環境も含む)、身分の安定、給与等待遇の良さを重視して職場としての大学 を選ぶ。このうち身分の安定について言えば、日本の大学全体に有期雇用の制度 が定着し、教員の流動性が確保されている状態にはほど遠い以上、任期があると いうだけで敬遠されることは火を見るより明らかである。たしかに、研究組織の なかで有期雇用が有利に左右する分野がないわけではないが、あくまでそれは限 られており、とりわけ都立大学のような基礎研究の比重が大きい研究総合大学の 場合は、安定した無期雇用が基礎にあって初めて競争力のある組織が成り立つ。 改革問題が勃発した数年前から、これまで見られなかったような教員の転出が始 まっていたが、その傾向は2003年8月の唐突な計画変更によって一層顕著に なった。今や、あたかも沈み始めた船から逃げ出すネズミのように、教員の流出 はとどめようがない状態である。まして、このまま、大学の意見に耳を傾けるこ となく一方的に任期制・年俸制を押し付けるとすればどのような危機的状況を迎 えるか、東京都は真剣に考えたことがあるのだろうか。
 (2) については、やはりプラスのインセンティブを与えることにより改善を図 るべきであろう。また、わざわざ職務給などの考え方を取るまでもなく、学内役 職、社会貢献をポイント化して表示し本人の努力を促すだけで改善は十分期待で きる。
 (3) については、まず、どのような評価基準を設定するかによって結果が大き く異なる点に留意すべきである。著書・論文数、論文引用数、競争的研究資金獲 得実績、所属学会数、学会等役職、各種審議会委員など、いわゆる客観的評価基 準とされるものは、研究・教育者としての能力・実績のあくまで一端しか捉える ことができない。日本において研究者の評価はまだ緒についたばかりの分野であ り、いわゆるピア・レヴュー(専門分野を同じくする学者間の評価)、所属研究 教育組織の内部評価、形式だけにとどまらない真の学生評価(現制度は、怠惰な 学生を付け上がらせるだけで実質無意味である)などを新たに構想する必要があ る。現在のままの体制で、教員の淘汰を急ぐなら、行水の水と一緒に赤ん坊まで 捨ててしhまう愚を犯すことになるのは必至である。

3  狙いは人員削減と人件費の総額抑制?
コメント
  法人に経営的視点が導入されるのはやむをえないとしても、法人化の目的が人件 費の抑制であるとすれば、それは完全な本末転倒と言えよう。2の (1) で触れ たように、すでにこの間の混乱によって多くの教員が流出し、結果的に見込みを はるかに超えた人員整理が実施されているのであるから、今後の課題は人員削減、 人件費総額抑制などではなく、新大学を成功させるために、スリム化された組織 の士気をいかに高め、有効に運営するかであろう。法的には再任なしが原則の有 期雇用は、再任しないことによりいつでも人員削減を可能にする。また年俸制は、 評価の匙加減ひとつで人件費の削減が思うままにでき、どちらも雇用者側に都合 のよい制度である。しかし、2で述べたように、こうした狙いを隠したまま制度 の全体を美辞麗句で飾り、あたかもそれにより新大学の発展が保障されるかのご とく強弁することは、不誠実も甚だしく、許しがたい欺瞞と言わなければならな い。もしこれが欺瞞ではないと言うなら、東京都は、昨年夏以来の自らの態度を 謙虚に反省し、今こそ大学との真摯な協議に入るべきであろう。

II.  提案

1. 全体として、教員の「やる気」をどのように担保するかを際重点に制度設 計を行うこと。これなしでは、新大学に明るい未来はない。

2. 労働条件の不利益変更を避けるため、現職の教員については現行制度を維 持すること。

3. 任期制は教員任期法の趣旨を踏まえ、新規ポストに限り限定的に導入する こと。再任審査については、可能な限り公正性を保てる制度とすること。また、 独立した審査機関による不服申し立て制度を完備すること。

4. 年俸制は、任期制と併せてのみ実施し、やはり評価・不服申し立て審査等 の制度的基盤を完全に整えてから開始すること。

以上


東京都大学管理本部の回答を見る 「やさしいFAQ」の先頭へ戻る