野本和幸氏(東京都立大学名誉教授)からのメッセージ


平成16年1月19日

「都立大に関する文科大臣への要望書」に添えられた連署者のメッセージ
[38]番(2004/1/17)の改訂版(2004/1/19)

 都立大を退職後に急にこのような事態となり、在職中の旧同僚の労苦や学生の 動揺を見聞するにつけ、切歯扼腕しておりましたが、鬼界氏のご提案も一つのあ りうるやり方であると思い、連署者に加えさせていただきます。石原知事は、長 期に亙る旧都大学管理本部と大学側との、ほぼ同意に達していた共同の検討案を 突如一切反古にし、旧大学本部長を更迭、これまで大学の研究・教育に何の知見 も経験もないひとびと(港湾局と労務管理の辣腕家だそうです)を、新たに大学 管理本部の中心に任命しました。こうした恣意的な手法の横暴さは全く暴挙とい う他はありません。が、予備校に理念設計を委託すると聞くに及んで、知事・新 大学管理本部ならびにそのブレーン(これもいるとすれば公開されるべきもので す)が、何の新大学構想も持ち合わせていなかったことを自ら暴露したもので、 無責任極まりなく、任命者の知事の責任は重大です。
 戦後50年を掛けて多くの教職員・院生・学生たちの努力によって営々として 築かれてきた東京都立大学の実績が、無知蒙昧なひとびとの、「教授連は旧い、 単なる保身だ」といった何の実質ももたない無責任な空言・恫喝と権力行使によっ て、一瞬にして崩壊の危機に立たされていることに、深い憤りを覚えます。こう したことが、独立法人化を目前にしている全国の国公立大学に波及しかねないと したら、それは、日本の学問・文化に対する恐るべき破壊をもたらすに相違ない と憂慮します。
 大学での研究・教育には、長期に亙る持続的な努力が必要なことは言を待ちま せんが、官産学の関係に関しても、短期的な目先の効果のみを狙うのは産学いず れにとっても、やがては自殺行為に終わります。我田引水で申し訳ありませんが、 私がいくらか調べている19世紀から20世紀への変わり目に、ドイツのイエー ナ大学の哲学部数学科の片隅で、学界からも同僚からもさして認められず正教授 にもなれなかったG・フレーゲという人物が切り拓いた新しい現代論理学が、1 00年後の今日のコンピュータ時代を用意する基礎を築いたのでした。何の役に も立ちそうになかった彼の研究を支えたのは、光学理論によってツアイス光学器 機企業を世界的企業にしたその師アッベで、ツアイス財団の非公式な援助と、財 政的に厳しい状況にもかかわらず、大学を重視し学問の自由を尊重した当時のワ イマール宮廷政府の優れた文化政策だったのでした。
 ところで、大学にも一定の合理化が必要なことは、既に大学構成員による提案 でも、苦渋を伴いつつ、考慮されています。 しかし都大学管理本部案の乱暴さ は想像を絶したものです。その案では、現都立大の大方は、「都市教養学部」に 括られていますが、一体これは何を目指す学部なのでしょうか。しかも驚くべき ことに、この学部からは、国語・国文学がすべて排除されています。まともな国 の首都にある代表的な大学で、自国の言語も文学も研究・教育しないなどという 話は聞いたことがありません。パリ大学で、ロンドン大学で、ベルリン大学で、 あるいはNYのコロンビア大学、ボストンのハーヴァードで、そんな馬鹿げた発想 が口にされたことさえあるでしょうか。
 また「国際都市」東京の「都市教養学部」では、洋の東西を問わず諸外国の哲 学・歴史研究教育教員は半減、英米・独・仏・中国の文学・言語の研究・教育は 全廃され、せいぜい成人教育にあたるエクステンション・センターでやればいい のだそうです。どこかの孤島の排外主義のような、独りよがりの大学が、まとも な国の首都の大学で提起されたことさえあったでしょうか。
 都立大の元教員であったので、口幅ったいことではありますが、例えば一番の 目の仇にされている人文学部は、客観的に見て、第三者の多数の専門研究者たち による何回かの評価では、トップ・クラスにランクされ、事実幾多の優れた研究 者たちが日本の研究をリードしてきましたし、またそうした研究者も育ってきま した。のみならず、諸外国の一流大学、例えば、オックス・ブリッジ、パリ、ゲッ テインゲン、ハーヴァード、プリンストン、スタンフォード、バークレイ、 UCLA、北京大学等、の一流の学者たちの間で、 TMUの評価は決して低いものでは ありません。 こうした長い間の努力が、大学構想を予備校に委託し、大学院構 想に至ってはまだ全く白紙でしかないような、貧困・低次元の権力者の恣意によっ て、破壊されるのは見るに忍びないものです。現在の都立大構成員をすべて排除 して進められている都立大学の廃校・新大学の新設(それを都は「改組」と称し ているそうですが)は、極めて異常な設立ないし改組過程で、その認否に関して は、文部科学省の大学設置審議会において、当然のことながら、厳しい審査の対 象とされるべきものです。
(野本 和幸 東京都立大学名誉教授・人文学部・哲学)

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