都立大の危機 --- やさしいFAQ

D. 「新しい」大学の学長と理事長に関する質問

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D-1 えっ，「都立の新しい大学」の学長ってもう決まっているんですか？普通は，大学の中で選挙して選ぶんじゃなかったでしたっけ？次へ

ポーカス博士

それがの，東京都側が「新しい大学」を作るんだから，設置者である都知事が決められると主張しているんだよ。2004年2月13日に，大学管理本部のページでも発表されたように，岩手県立大学学長の 西澤潤一氏（大正15年[1926年]9月12日生まれ）が正式に就任予定であると発表された（2005年1月1日現在で78歳）。公立大学協会の会長も勤めている人物で，過去に何度かノーベル賞候補としても名前があがっている。
　学長の決め方に関しては，公立大学協会の会長でもある 西澤潤一氏自身が，実は「公立大学法人化に関する公立大学協会見解」(pdfファイル) の中で次のように述べている。

(3)の公立大学法人設立後の最初の学長の任命問題については、定款の定めるところにより、首長ないし理事長が任命してよいという規定になっています。しかし、これは大学側の意向を斟酌せず、一方的な人事が許されるという趣旨ではありません。既存の大学が法人に移行する場合には、その大学と理事者側が充分に議論して定款を決めることになります。換言すれば「大学の特性」への配慮規定を前提にして定款を作成し、最初の学長の任命に際しても、大学の意向が尊重されなければなりません。(P.7)

まことに正論じゃ。ここは，西澤潤一氏が明確に述べているように，東京都もきちんと筋を通して学長を選出して欲しかったのだが，定款もできていない現状で一方的に予定者として発表されてしまった。極めて残念な事態じゃ。
　西澤潤一氏には，ミスター半導体として知られた以外にも，もうひとつの顔がある。彼は教育基本法改正(?)のために結成された民間教育臨調（「日本の教育改革」有識者懇談会）の会長なのだ。 http://www.kyouikukaikaku.net/を見てもらうとわかるが，決議文の中には，教育理念を「愛国心」中心に変革しようという項が入っている。そうなんだ，この部分が石原東京都知事と共鳴する部分なんだな。

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D-2 そういえば，総長の声明に対して石原知事は「学長というのは古い人が多い」と反論したそうですが，あれっていったいどういう意味ですか？次へ

ポーカス博士

総長の声明(2003年10月7日) を聞くか読むかして反応したのじゃろうが，ようするに都立大学長があたかも大学改革に反対しているかのように思わせるための作戦だな。「現状維持では何も変わらない」と続けたそうだから，あたかも都立大総長が大学改革に反対しているかのように聞こえるじゃろ。それは，あの声明をまともに読んでいない証拠じゃ。10月7日の総長声明のどこにも，現状維持がいいとは書いてない。書いてあるのは，むしろ改革への決意じゃ。

私を含む都立大学の構成員は、大学改革の全国的な動きの中で、改革を自らの課題として真摯に受け止め、これまで相当の精力を注いできたし、今後もそれを継続させる意志がある。
新大学を清新の気風あふれるものとし、学生や都民、時代と社会の要請に応える素晴らしい大学として発足させたいという赤心の願いを込めて、ここに改めて総長としての見解を表明することとする。

まして，「学長というのは古い人が多い」というのは，一種の差別発言じゃな。かろうじて「多い」といっているから救われるものの。だいたい年齢のことをいったら，新しい大学の学長候補者である西澤潤一氏は 78歳。石原慎太郎東京知事は（昭和7年[1932年]9月30日生まれ）72歳，都立大総長は（昭和17年[1942年]10月13日）は62歳だ（2005年1月1日現在)，さて誰が一番古いかな。頭の中の年齢は，実際の年齢と違うといっても，人間70歳を過ぎれば，いろいろと老化が進行するから普通は引退するじゃろう。東京都の新しい大学の学長と知事に限っては 70歳をすぎてもなれるというようにしたいのなら，その根拠を示して欲しいものだ。ちなみに都立大学の定年は63歳だ。新しい考えに基づく未来の大学を設計するなら，もっと若い頭脳を登用すべきだな。自民党だって73歳で定年だそうだよ。居座ろうとした政治家もおったな。石原都知事は，仲のいい中曽根康弘氏を擁護して「人間を年齢で判断してはならない。優秀な人は年齢に関係なく仕事ができる」と発言したそうだ（確かにそれは真実だろう。だったら「学長の年齢など関係ない」はず）。こういう風にその時その時で発言を180度転換するのは主義主張を持たない政治家の見本みたいなものだ。喝！

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D-3 そういえば，「新大学」の理事長が決まったという話を聞いたのですが本当ですか？次へ

ポーカス博士

2003年11月14日の会見の中で石原知事が自分で長々と紹介した。ようするに，自分の旧友でいい人，すごい人だから頼んだ，ということらしい。郵船航空サービス相談役の高橋宏，71歳(昭和8年[1933年]12月 21日生まれ)という人物じゃ（2005年1月1日現在）。詳しい履歴は，管理本部のページを見て欲しい。高橋氏は，「東京の問題を考える懇談会」のメンバーでもあるようで，教育問題にもいろいろと発言してきた人だな。佐野眞一著「てっぺん野郎 -- 本人も知らなかった石原慎太郎」（講談社）という本には石原都知事，高橋宏氏，副知事の浜渦武生氏の過去の話も出てくるそうじゃ。読むと驚くような話が書いてあるらしい。
　それでな，いつものように今度の大学は「新大学」だから，設置者権限で知事が将来発足する予定の地方独立行政法人の理事長を決めることができる，という論理でことが運んだわけだ。もっとも，まだ理事長予定者であるにすぎないがな。

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D-4 そおかあ，じゃあまだ理事長も学長も決まっていないんですね。じゃあ正式には理事長と学長はどうやって決まるんですか？次へ

ポーカス博士

その通り。正式には，「新大学」の理事長も学長もまだ決まったわけではない。理事長予定者の発表があっただけじゃが，実はな学長予定者も当初の予定では11月に発表予定となっていたが，最新の資料では2004年2月までに予定者決定と変わっている。
11月13日の東京都文教委員会では次のような説明があったらしい。

調整担当参事　地独法では理事長は知事が任命し、学長は学長選考機関の選考に基づき理事長が任命するとなっている。ただし、法人設立後最初の学長は定款の定めるところにより、理事長が任命することになっている。定款には、知事の指名に基づき、理事長が任命する旨規定する予定である。

ようするにな，地方独立法人法によって(1)　知事が理事長を任命する， (2)　学長は学長選考機関が選考し，それに基づき理事長が任命する，というのが正式なやり方だと言っている。
　学長選考機関の内容は，2004年2月13日に開かれた第１回経営準備室運営会議で初めて明らかにされた。 学長選考機関は，経営側委員，教員側委員，学外有識者で構成するというのじゃ。要するに，理事長は知事が決めて，学長は理事長が学長選考期間の選考を基に理事長が任命するというのだが，これは，これまでの大学の自治をまったく無視したやり方だ。大学の全教員（そして都立大学の場合には全学生）が持っていた学長選挙に対しての選挙権を剥奪する ことになる。この資料２ー２には，はっきりとこう書いてある。大学の法人化によって都の意向を大学運営に強く反映するのだと。さらに教育研究審議機関を作り，大学の教育研究に関する重要事項（教育研究に関する目標，計画，自己点検・評価，学内諸規定の制定改廃など）を行うとしているが，この機関には経営側のチェックが入る。これによって，従来の「大学の最高意思決定機関」である評議会の権限が，大幅に縮小される。教授会も同様に権限が縮小され， 学部長選考，教員選考，教員の勤務評定はできなくなる。簡単に言ってしまえば，自分が属している学部の学部長を，教授会で選ぶ権利が剥奪されるのだ。そして，教員の公募や選考も，教員主体ではできなくなる。では誰がやるかって？

● 学部長は，学長の申出に基づき理事長が任命
● 教員採用は，公募制により，理事長が任命
● 教員の昇任，懲戒等は経営側の参画する組織で審査のうえ決定

都立高校の場合と同じように，一直線の上から下への指揮系統を完成させようとしている。評議会からも教授会からも権限を奪い，下からの声，現場の声，一人一人の構成員の切実な願いは届かないような組織を作ろうとしている。 知事→理事長→学長→学部長→教員であって，その逆だった民主的な大学自治を180度引っくり返そうとしている。
都の意向を大学運営に強く反映する大学には，都の意向にそった教員しか働けなくなるということで，教育や研究も都の意向にそったものしか認められないという 学問の自由を踏みにじる暴挙を強硬しようとしているのだ。経営準備室運営会議に出された18ページに及ぶ資料には，まだまだ大きな問題が隠されている。総長も出ているのだから，積極的に発言して，訂正を迫って欲しいが，例によって多量の資料を出して，説明にほとんどの時間を費やして，質問や議論ができないまま，知らないうちに決定事項になるという管理本部流のやり方が大きな障害じゃ。

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D-5 最初は何でも知事が決めちゃうというのはすごくよくわかるんです。でもどうも理事長と学長の関係がよくわからないんですが？次へ

ポーカス博士

そうじゃな。実は，公立大学法人に関する特例というのがあってな。さっき話した東京都の参事は，それを使って答弁していたのじゃ。

＜役員＞
・理事長は、原則学長を兼ねる。
ただし、定款で定めるところにより、学長と理事長を別に任命することができる。
・学長と理事長を別に任命する場合、学長は副理事長となる。

となっているから、理事長が一番のトップ、学長は副理事長扱いということじゃ。

＜学長・教員の任免＞
・学長の任命は、経営審議機関の代表と教育研究審議機関の代表で構成する学長選考機関の選考に基づいて行う。学長選考機関は大学ごとに設置する。
・学長と理事長を別に任命する場合、法人設立後最初の学長は、定款の定めにより理事長が任命する。
・学長と理事長を別に任命する場合、副学長、部局長、教員の任命、免職、降任は学長の申出に基づいて理事長が行う。

となっている。これが都の参事が呪文のように繰り返していた部分じゃ。

定款をどのように定めるかで大きく変わってくるのだが，基本線としては，理事長が最終的に法人を代表する立場となって大学経営に関して責任を持ち，学長は教育研究機関としての大学を代表して，教育研究に関する業務を総理する，と言われておる。2003年7月31日以前の定款の案がでは理事長の任期が４年，学長の任期が６年とされていた。 2004年7月9日に経営準備室運営会議で出てきた「定款たたき台」では，理事長の任期が４年，「学長となる副理事長の任期は、２年以上６年を超えない範囲内において、選考会議の議を経て、法人の規定で定める」となっている。「定款たたき台」に関する問題点は， W-3と W-10を参照）

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D-6 高橋理事長予定者が，これから毎月都立大にやってくるというのは本当ですか？次へ

ポーカス博士

2004年2月17日に，「新大学」の理事長予定者，高橋宏氏が管理本部の宮下参事を連れて都立大にやってきて，部長会メンバーと会談し，さらに評議会メンバーも加わった集まりにも参加した。この時の話は，すでに東京新聞が2月18日（都立大訪れ学長と懇談首都大理事長予定の高橋氏）にも一部報道されている。その席上，今後一月に一回は大学を訪問して、意見交換を行いたいという意向が示された。
　また，《基本的に「新大学」をよい大学とするために管理本部と大学との意思疎通を図る必要があるが、そのために今回の「意思確認書」はむしろそれを阻害するものとなっている。法的根拠のない「意思確認書」を出さなかったからといって、「就任承諾書」を送付しないなどという「リヴェンジ」はやるべきでない。「就任承諾書」は私の責任で、出させるようにします。》という発言もあったようだ。当然，管理本部の参事からは反発があり，教学事項なので理事長予定者が決められることではないと指摘したそうじゃ。今後，高橋宏氏と西澤潤一氏が，積極的に「新大学構想」に関わってくることで，＜都立４大学＞対＜管理本部＞という図式が変わるかもしれない。つまり，両氏がその間に入ってくるという構図じゃな。さてどうなるか．．．

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D-7 西澤学長予定者が，「科学」(2004年4月号，462-466)に書いた記事をどう思いましたか？次へ

ポーカス博士

公立大学協会会長でもある西澤学長予定者は，教学準備委員会の座長でもあるので，これまでの「首大」に関する議論や経過を熟知しているはずじゃが，これまであまり声が聞こえてこなかった(大学院の理念には驚かされたが)。というのも，座長という職務上，積極的に自分の意見を述べる機会がなかったからだろう。そこで，今回の記事に期待をしておったが，結論から言うと幻滅した。まずは，「公立大学の改革」と題された記事のアブストラクトを紹介しよう。

国立大学は独立法人化によって給与を調整出来るようになるが，評価を受けるという新しい困難も得る．公立大学は地方自治体密着なので外圧による改革を強いられることは少ない．しかし，地元対応を活かして，現物主義の研究・教育の実施により人間としての使命感に基づいた研究から創造的研究を引き出し，人間愛に基づいた人材を提供することが出来る．人間愛に目覚めた人間は，単に資格取得を目標として，或は競争心で勉強する学生よりも自主的に努力するから，公立大学はそうした学生の育成に活路を見出すべきであろう．人間愛に目覚め仕事を通じて人類愛を満足させていくことを知った人間は最も強い．

とまあこんな調子だ。論旨が非常にちぐはぐだ，という第一印象を持った。どういうことかというと，話がつながっていないのじゃ。大学評価がこれからは非常に重要な課題になる，という認識は正しいのじゃが，「大学の教育には大別して2つある」と言っておきながら，1つは人格教育と言い，もう１つが分からないような書き方をしている。人間教育というのも登場するが，人格教育と同じ路線の話のように思える。アブストラクトの中にあるように「地元対応を活かして，現物主義の研究・教育の実施により人間としての使命感に基づいた研究から創造的研究を引き出し，人間愛に基づいた人材を提供することが出来る」というのもぶっ飛んだ議論の仕方だ。地元対応によって研究や教育を現物主義にするって何だ？人間としての使命感に基づいた研究って何だ？人間愛に基づいた人材がどうして育つのか？どうもよく分からない。
　「基礎研究は産学共同をやると出来なくなるというのは誤っている。」と主張する根拠となるのがあくまでも物理や工学系の例にすぎないところを見ても， この人は理学や人文の基礎研究の性質を全く知らない人だと痛感してしまう。そんな下地で教養を語ろうとするから無理があるのだ。論旨の飛躍には目をおおうばかりだ。そもそも講義や書物で勉強することを否定しているのが「現物主義」らしいので，当然といえば当然な文章だ。最後に１つ。この人は，「首大」のことは考えているらしいが，現都立の４大学のことは一切考えていない。
　「設置自治体が法人化を選択する場合、公立大学と十分な協議を行い、新たな協力関係を築いていくことを要請します」 (O-5を参照)と宣言したのは，公立大学協会の長である西澤潤一氏本人であったことを思い出して欲しい。西澤氏は，下にあるように自分で「首都大学東京は改革を実施」していると思っているようだ。この人は非常に変だ。その理念も変だ。

米国においては，私立と並んで州立大学が最も高い評価をうけているのが実情で，わが国においても，独立法人化を機に，公立大学が評価を高める可能性がある．
　その原因となり得るものは，特徴のある教育を機動力を生かして実施し得ることである．国立大学が１０学部を原則として，構成され，満遍ない学問の展開を標榜したのに対し，公立大学は地元の必要性を優先するから，特に有力国立大学の近くに位置する公立大学は殊更特徴を出すことを余儀なくされる．岩手県立大学は計算機応用に重点を置いたし，首都大学東京は改革を実施するに当って今後急速に進むであろう東南アジアや，既に驚く程の都市化が進んだ東アジアに共通な問題として，都市化の問題を中心に教育研究を展開してゆく方針を採ったのは，その一例といえよう．
西澤潤一『公立大学の改革』「科学」 2004年4月号岩波書店．P.465.

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D-8 「財界」(2004年6月8日号)という雑誌に高橋理事長予定者のインタビューは，問題だらけだ、と聞いたのですが本当ですか？次へ

ポーカス博士

「財界」(2004年6月8日号)は，特集として「石原都政改革の目玉『首都大学東京』はどんな大学になるのか？」(P.73-82)を組んだ。この雑誌の記者，播磨岳彦氏が「教授陣に任期制や年俸制を導入　実学重視の大学を目指す」というタイトルで2ページの概説を書いているが，雑誌の予告では石原知事が自ら何かを投稿する企画だったようだ。その記事の後に，西澤潤一学長予定者のインタビュー（タイトルは「都市問題、国際紛争の解決に向けて、日本人の心の原点である宮沢賢治、新渡戸稲造、後藤新平の思想を東京から発信したい」）と、高橋宏理事長予定者のインタビューが載っていた。
　西澤氏のインタビューは，例によって「アジアからの発信」とか「人間形成」の話で，「首大」の具体的構想や現在の都立４大学との問題には一切触れていない「空を飛んでいる」話なので，ここでは問題にしない。しかしだ，高橋理事長予定者のインタビューの内容はひどい！タイトルは， 「東京都からの補助金百五十億円が垂れ流しとなってはならない：首都大学東京の経営では五年後をメドに黒字体質を目指す」というものだ。このインタビューで分かったことを一言で言えば，「高橋氏は，大学の実態について，聞きかじりの知識しかもっていない」 ということだ。もっと自分でちゃんと調べて勉強してから発言して欲しい。都立大関係の発言も，いい加減すぎる。きっと，管理本部とか知事周辺で聞きかじったことを，自分なりに解釈して発言したのだろうが，その結果ますます実態とはかけ離れた作り話になってしまっている。仮にも理事長予定者なのだから，公になるインタビューの中で事実として述べることには責任を持てるように周到に準備してしかるべきだ。以下，特に問題となる発言に絞って疑問点を整理し，反駁できるところは反駁しておこう。

Q: 「現在の都立四大学の経営実態はどんな状況ですか。」
高橋氏：とにかく無駄が多い。例えば、都立四大学合わせて教授と助教授で５００人強もいます。学部長にもかかわらず論文を一つしか書いたことがないという人もいました。私だって三十ぐらい書いていますよ。その先生の授業は十年一日のごとく変化がなくてつまらないから、登録した五十人の学生のうち毎回出席しているのは一人か二人だそうです。
都立大学の人文学部は六百五十人の学生に対して百三十九人の先生がいます。実に四・六人の学生を一人の先生がめんどうを見るという割合です。ちなみに仏文科と独文科は学生より先生の方が多い。フランス語の先生は言葉を大事にしなければいけないとか仏文学の重要性を再認識すべきだとか独り善がりの論文を書いていますが、それは首都大学東京には必要ありません。

▼ 「とにかく無駄が多い。例えば、都立四大学合わせて教授と助教授で５００人強もいる」

(1) 教授と助教授の合計が500人を越えると無駄だ，と考えることが理解できない。仮に学生数との割合を問題にしたいのなら，専任講師も含めて計算し，学生数との割合を出すべき。管理本部がかつて使った数字で，学生数÷教員数とすると，14.4人（8712÷601）。そして，この数字の何を問題にすべきなのかが分からない。ちなみに， 2004年4月19日から4月23日までの期間，都立大学新入生を対象に行われたアンケートでは，都立大の志望動機の２位が少人数教育だった (A-10)。このように，よい部分を無駄だと否定するのは，根拠のない全面的存在否定だ。
備考：
◯ 2003年10月28日東京都立大学・短期大学教職員組合弁護団意見書の数字では，都立４大学教員数の合計は 601人。しかし，この数字はおそらく前年度の実態に基づいていると思われ，現実には，この２年間で都立４大学から流失した教員の数は，相当になると思われる。少なくとも過去３年間は，大学改革中ということで，欠員となった教員は一部の例外を除き，ほとんど補充されていない。 2004年の実際の教員数は，もっとずっと少なくなっているはず。
◯ 首都大学東京での予定教員数は，530人だったはず。ということは，その中で教授と助教授（准教授）の合計を500人以下にすると無駄ではなくなると考えるのか？その根拠が分からない。

▼ 「学部長にもかかわらず論文を一つしか書いたことがないという人もいました。私だって三十ぐらい書いていますよ。その先生の授業は十年一日のごとく変化がなくてつまらないから、登録した五十人の学生のうち毎回出席しているのは一人か二人だそうです。」

噂で聞いたことを言ったのだろうが，わしの知っている限りそのような学部長は存在しない。「就職したときには論文は一つだった」と発言した学部長はいるらしいが， あたかもこのような極端な事例が，ごく普通にあるように述べる姿勢そのものが間違っている。長となるような人は，このような間違った誘導をする可能性のある発言をしてはならない。著名な財界人ならなおさら気をつけてもらわねばなるまい。「その先生の授業は十年一日のごとく変化がなくてつまらない」というのも，伝説的な話。どこの大学にも，かつてはそのような大学の先生がいたという話がある。これは，30年前にわしが学生だったころにも聞いたことがある。もちろん，他の大学での話だ。
備考：
◯ 論文を単純に数だけで評価するのは，誤り。近年，ますますその傾向が強まり，人文系のように本来長時間かけて良い論文を書くというのが常識だった学問では，深刻な影響を受けている。つまり，最終的な結論に到達しないうちに，どんどん発表してしまい，内容が中途半端になってしまう傾向がある。それでも，すぐれた論文１本より30本の駄作の方が評価されてしまう傾向が顕著になっている。

▼ 「都立大学の人文学部は六百五十人の学生に対して百三十九人の先生がいます。実に四・六人の学生を一人の先生がめんどうを見るという割合です。」

随分と古典的な数字を出したものだ。これは，管理本部が繰り返し使った数で，人文学部では何度も何度も何度も抗議して訂正を求めてきたが，高橋理事長予定者は今頃になってこの数字を覚えて使い始めたようじゃ。 F-3を見れば分かるが，9.9人だな。この数字を，他学部と比較した表も参考にしてみれば分かることだが，人文学部だけ極端に教師の負担が少ないことはない。

▼ 「ちなみに仏文科と独文科は学生より先生の方が多い。」

間違い！ これも昨年から繰り返し管理本部が使っている数字を聞いて，自分なりに再解釈したのだろう。独文の要望書と都立大仏文の要望書を参考にしてみれば分かるように，一部の数字を使って「社会的ニーズの低下した分野」として仏文と独文を利用したにすぎない。
　下の表を見て欲しい。2003年度と2004年度の仏文と独文の教員数と学生数（学部生と院生の合計）をまとめてみた。学生と教員の数の大小がわかるかな？小学生でも分かるだろう。2003年度の仏文を例にとると，教員数が10名，学生数が51名だ。他のところの教員数と学生数を見ても，明らかに 「学生より先生の方が多い」という言明は事実に反する。

	仏文		独文
	教員数	学生数	教員数	学生数
2003年度	10名	51名	18名	53名
2004年度	8名	44名	16名	50名

備考：
現状を考えると，教員数も学生数も2004年は減少していることがわかる。その理由は，学生も院生も，今回の「都立大学破壊，人文学部破壊」に大きな不安を持っているからだ。「都立の４大学は廃校にする」 と大学管理本部と石原東京都知事は何回も公言しているから，その影響が当然降りかかってきている。

▼ 「フランス語の先生は言葉を大事にしなければいけないとか仏文学の重要性を再認識すべきだとか独り善がりの論文を書いていますが、それは首都大学東京には必要ありません。」

仏文の先生の書いたものに対しての攻撃のようじゃ。 2004年2月2日朝日新聞(夕刊，文化面)に載った吉川先生の「閉ざされる文化への窓　文学専攻を廃止する都立大改革構想」を指しているようだ。「言葉を大事にしなければいけない」 というのは，大学教育のみならず，教育一般に通じる大原則だ。それを高橋理事長予定者は否定するのか？「首都大学東京」では，「言葉を大事にしないでよい」 という発想なのか？だから，英語だって実践的な力を外注で済ませてしまえ，という発想に結びつくのだ。「仏文学の重要性を再認識すべき」も否定しているが，一つの研究教育分野には，それなりの成立の根拠がある。特に今回の構想で顕著なのは，何度も繰り返してしまうが， 「文学など不要だ」，「実用にならない基礎研究に金は出さない」 という姿勢だ。ここで高橋理事長予定者は，仏文学を引き合いに出しているが，ようするに「文学」は大学教育に不要だという立場なのだろう。 「実用にならないから不要だ」という議論は，大学での教育や研究では成り立たない，ということを認識して欲しい。「実用になるものだけをやるなら実用専門学校を作るべきですよ。大学は，実用専門学校ではありません」と，誰か教えてあげなければならないな。

Q: 「一般の社会から見れば大学は既得権にしがみついているようにも見えますが？」
高橋氏： 日本の大学の先生は終身雇用で、一生、怠け者でも食べていけます。経済学部講座、工学部講座、........といった講座制という制度に守られて。頂点に大教授、以下にナンバー２教授、助教授、講師、助手が続くという四層構造になっています。
私は都庁の役人に、助手は助教授の予備軍かと聞いてみました。すると、「ブルーカラーだ」という答えが返ってきました。ずっと試験の監督や採点など雑務をやっています。理学部の助手に至っては一生試験管を洗っているそうです。「では定年は？」と聞くと、国立大学や公立大学の定年は六十三歳で、その定年まで試験管を洗い続けて一生を終えるんだそうです。「ではその方たちの定年時の年収は？」と聞くと、「まあ七百万円ぐらいでしょう」という答えです。驚きますよね。そのような待遇をうけている教員を前にして「任期制や年俸制を導入する」と言ったら、一斉に反発されましたが。

▼ 「日本の大学の先生は終身雇用で、一生、怠け者でも食べていけます。経済学部講座、工学部講座、........といった講座制という制度に守られて。頂点に大教授、以下にナンバー２教授、助教授、講師、助手が続くという四層構造になっています。」

これは勉強不足だな。残念なことに，すでに任期制・年俸制は全国の大学に広まりつつある。「講座制」という制度も，すべての領域で行われているシステムではない（理系の基礎研究では、講座制という制度が効率的である側面もあると思うが）。いわゆる「大講座制」といって，さまざまな分野が大括り化されて同居している学部・学科が全国にある。それをいったら，都立大学人文学部なども，いわゆる講座制ではない。頂点に大教授などいないし，学部の中の専攻の代表者は毎年交替するシステムで，柔軟性がある。教授や助教授の人数が定数化されているわけでもなければ、いわんやナンバー・ワンの教授とかナンバー・ツーの教授がいて、助教授がその下に仕えるというような階層構造はない。

▼ 「私は都庁の役人に、助手は助教授の予備軍かと聞いてみました。すると、「ブルーカラーだ」という答えが返ってきました。ずっと試験の監督や採点など雑務をやっています。理学部の助手に至っては一生試験管を洗っているそうです。「では定年は？」と聞くと、国立大学や公立大学の定年は六十三歳で、その定年まで試験管を洗い続けて一生を終えるんだそうです。「ではその方たちの定年時の年収は？」と聞くと、「まあ七百万円ぐらいでしょう」という答えです。驚きますよね。そのような待遇をうけている教員を前にして「任期制や年俸制を導入する」と言ったら、一斉に反発されましたが。」

これはこれは驚いた！そもそもなんで都庁の役人に「助手は助教授の予備軍か？」と聞くのだ？ まず，聞くべき人に聞かねばならん！近くにいたから聞いたなんてことはないと思いたいが。これではまるで，「南大沢の駅は小田急線の駅か？」と神奈川県庁の役人に尋ねるようなものだ。初めから間違っている質問を，本来すべき人でない人に対してしているからだ。「助手＝ブルーカラー」というレッテルも極めて不適切だ。実際に教育や研究の補助をするという意味での実労部隊であることは確かだが、何も仕事が試験の監督と採点、試験管洗いというのは認識違いも甚だしい。「試験管を洗って一生を過ごす助手」が本当に都立大に存在するのかどうか，高橋理事長予定者は確かめたのだろうか？わしも30年前から、この「試験管メタファー」を聞いたことがあるが，実在しているのかどうか。噂を真実のように語り、さらに一般化するというのは困ったものだ。「そのような待遇をうけている教員を前にして『任期制や年俸制を導入する』と言ったら、一斉に反発されましたが」と言っているが，そのような教員とは一体誰を指しているのか？実際に，試験管を洗っている助手に尋ねたとは考えられない！

Q: 「任期制と年俸制の内容に触れてください。」
高橋氏：教授は教授のままですが、助教授は準教授、講師と助手は研究員という名称に変更し、教授、準教授、研究員の三層構造にします。その上で、それぞれの任期を五年ごとに一度区切り、教授は三期をベースにして、実績次第であと三年、準教授は二期をベースにして、実績次第であと三年。つまり、教授は「五・五・五プラス三」、準教授は「五・五プラス三」、研究員は「五プラス三」とします。その間に理事長と学長、学部長、社外の学識経験者で構成する評価委員会で教員を評価します。年俸制の導入とは、給与体系を基本給と職務給と業績給で構成する制度に改めるということです。

▼ 「教授は教授のままですが、助教授は準教授、講師と助手は研究員という名称に変更し、教授、準教授、研究員の三層構造にします。」

主任教授が抜けているな。教授がテニュア審査を受けて，通れば６５歳定年だ。「準教授」は「准教授」の間違い（これは，この雑誌の記事をまとめた記者の誤字）。結局，四層構造になる。勉強不足だ。

▼「その間に理事長と学長、学部長、社外の学識経験者で構成する評価委員会で教員を評価します。」

「社外」ではなく「学外」だろう。会社を運営するのと間違えている。「評価委員会」の構成メンバーに，該当の研究者（教員）の専門分野を評価できる能力のある人は入らないってことかな？たいした評価委員会だ。

Q: 「一連の改革案に対する現場の反応はどうですか。」
高橋氏： まず、大学の教員から任期制は馴染まないという意見が出ました。しかし，アメリカの大学教授はみんな最長三年の任期でやっているとお話しました。

いやはや恐れ入った！ アメリカの大学教授はみんな最長三年の任期でやっている というのは，どこで調べた情報なのだ。そんなことはないぞ。アメリカの大学でテニュアを取り活躍していた福井直樹氏の任期制と年俸制に関する説明（外部リンク）でも読んで、まずは勉強してもらわねば。その後で吉原真里著「アメリカの大学院で成功する方法」（中公新書1732）を読むとよい（P.168ページからの「アメリカの大学の仕組みを学ぶ」と，P.218からの「教員という立場への移行」，「テニュアへの道」をとりあえず読んで欲しい）。 アメリカの大学での研究・教育制度を完全に誤解している。 大学経営を語る前に，大学システムの現状把握からしてもらわなければならない な。いかに経営的手腕にたけていても「（首都大学東京では）４・５年で収支をトントンに持っていく」ことがいかに困難なことなのかが分かっていない。全国の法人化された国立大学がどれだけの運営交付金をもらってやっているか，全国の私立大学がどれだけの私学助成金をもらってやっているか，知っているのだろうか？その実態を知っていて，「４・５年で収支をトントンに持っていく」ことができたら，たいしたものだ。基本的な姿勢として，教員数を削減するという考え方が見えかくれするインタビューだ。教員数を削減し，学生数を増やす，そして「世の中に役立つ人間を多く作る」という方針で，どんな教育ができるのだろう？

この他にも，細かなことを言えばいろいろな間違いがこのインタビューには含まれている。「大学教員法」というのは存在しないので，おそらく「大学教員任期制法」のことだろう。「大学間で相互に単位を認証する単位バンク制」と言っているが，「大学間で相互に単位を認証する制度」は，単位互換性度としてすでに以前から日本の大学に存在している。そして，理事長予定者の説明とは違って，単位バンク制度の本質とは， 「首大」だけでなく，全国の大学の教員個人の持つ授業を個別に評価して，単位バンクに登録するところにある（「そんなことができるのか？」という疑問は当然ある）。さらに大学の授業だけでなく，青年海外協力隊のようなボランティア活動に参加しても単位がもらえるところにある（一体，何の単位として何単位認定されるかという話は，今もってなされていない）。単位バンク制度は大学教育を破壊する恐れがあることをまったく認識していない。とにかく，理事長予定者にあっては，今の「首大」構想が現行の大学制度の中でどのような特徴を持つものかを正確に理解してから，発言するようにお願いしたい。

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D-9 2004年6月16日の朝日新聞に，西澤学長予定者のインタビューが載っていたようですが，どんな内容でしたか？次へ

ポーカス博士

そのインタビューは「時時刻刻　公立大、存在意義探る　『首都大学東京』構想」という朝日新聞の総合面（第２面）に出た記事の中に写真入りでコラム形式で掲載されたものだな。 asahi.comではまだ確認できていない。内容はざっと，以下のようなものだ。

◇　学長就任予定　西沢潤一さんに聞く（公立大協会長・岩手県立大学長）
[タイトル]　地域の役に立つ視点を
Q-1: 首都大学東京はどのような大学を目指しますか
　「都がつくる以上、東京に必要な研究や教育をするべきで、そこから新しい学問も生まれてくる。世界で一番になる特徴を持った人間を出す。みんなが同じ難しい本ばかり読むのでは、新しい学問はでてこない。人間教育を優先したヨーロッパの私立大に近い形が理想だ。技術教育を重視する米国型では、大物は育ちにくい」
Q-2:　公立大は今後、何を目指すべきですか
　「従来のような国立大のミニ版で、特徴を持たない公立大はつぶれていく。基礎的な研究に徹することは国立大に任せ、公立大にはどう地域に役立つかという視点が必要。岩手県立大では、地域の高齢者を助けるための研究が、学会で高く評価された例もあった」
Q-3:　東京都と都立大の対立をどう見ますか
　「東京都の職員は、良くも悪くも大学教授への対応に慣れておらず、誤解が生まれたのだろう。05年度開学という日程も、準備期間が短く、少々重荷だった。反対している先生ともざっくばらんに話をしたい。いつまでも足踏みしているわけにはいかず、話し合っていきたい」　

たった３つの質問に対しての答えだが，変な発言がいろいろ入っている。
　まず， Q-1 「都がつくる以上、東京に必要な研究や教育をするべきで、そこから新しい学問も生まれてくる」というのは，率直な西澤氏の考えだろう。しかしこれまでも繰り返し言ってきたように，ゼロから新しい東京都に隷属する大学を作るならともかく，50年以上の歴史を持つ都立大学を潰すのが前提となっている。都立大は東京都のためにもいろいろな仕事を引き受けてきているが，世界に開かれた大学で，たとえその設置者が東京都知事であろうとも，世界の知的財産の一部だ。その知的財産を捨てて東京都に奉仕する大学を作るというところに問題がある。東京都の中で閉じた大学が，「新しい学問を生み出す」とか「世界で一番になる特徴を持った人間を出す」とは到底考えられない。
　「みんなが同じ難しい本ばかり読むのでは、新しい学問はでてこない」というのも，西澤氏の持論で，「本ばかり読むな！」という話。学問の基礎は，過去の知的資産に基づいた積み上げであり，「おもいつき」とか「もの作り」で生まれるものではない。たとえ難解だろうと，古典的研究書を読むことは意味のあることである。その意味の分からない人は，大学にいなくてもよろしい。
　「人間教育を優先したヨーロッパの私立大に近い形が理想だ」とは， いったい何という名前のヨーロッパの大学のことだろう？わしの知る限り，ヨーロッパでは，日本流に言うと優秀な「国公立大学」が主流だと思うのだが。「技術教育を重視する米国型では、大物は育ちにくい」というのは何のことだろう？ 技術畑なのは，西澤氏の方で，その分野でしかアメリカの大学を見ていない。アメリカは，例えば基礎研究の分野でもちゃんと優れた業績を上げている研究者，大学があることをご存知ないようじゃ。

Q-2:「基礎的な研究に徹することは国立大に任せ、公立大にはどう地域に役立つかという視点が必要」ということで，本音が出たな。ようするに，「首大」では，基礎研究なんて重視しない，基本的にやらなくてもいい，と考えているのだ。

Q-3: 「東京都の職員は、良くも悪くも大学教授への対応に慣れておらず、誤解が生まれたのだろう」というのは，教育のことが分かっていない管理本部のお役人の話だな。「05年度開学という日程も、準備期間が短く、少々重荷だった」というが，あと一年かけて協議すれば，もっとずっとまともな構想ができるのにな。このように「突貫工事」をやって出来た大学には，欠陥だらけで，リコールされてしまうぞ。「反対している先生ともざっくばらんに話をしたい。いつまでも足踏みしているわけにはいかず、話し合っていきたい」というのなら，さっさと都立大にやってきて，対話をすべきだ。6月20日の集会でも来て頂けるなら，皆で大歓迎するのだが。

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D-10 「首大」の大学案内に載った西澤学長予定者の言葉に仰天したという話を聞いたのですが，どんな内容でしたか？次へ

ポーカス博士

そうか，もうそんな噂が広まっているのか。実は，わしもさっき読んだばかりなのだが，まったく驚かなかった。予想通りだったな。 D-7で触れた『科学』に掲載された原稿と『財界』(2004年6月8日号)に掲載されたインタビューを足して２で割って管理本部が短くしたらきっとこんな風になるな（冗談だが）。まずは，読んでもらおう。

　このたび、計らずも首都大学東京の学長を２００５年４月からお引き受けすることとなり、今更ながらその責任の重さをしみじみと噛みしめているところです。
　明治以来、欧米流の学校教育が導入され、それまでの日本文化に基づいた学校教育の基礎の上に殆ど毎年改廃があったと云ってもよい程激しい改革が行なわれ、その結果、相当評価される境地に達することが出来たことが、明治以降の日本の大躍進を呼び起したと云えるのではないでしょうか。正に米百俵であったのです。
　しかし、その後、全く新しい発想の下に出発していた私立大学ですら、一様に東京大学をその理想として画一化がはじまりました。特に戦後の新制教育が導入されてからは急速に進められたのです。差異の表現は只一つ、偏差値でした。
　そもそも、公立大学は地元が欲する人物を養成する目的で、地元が設立したものです。東京は、長い間、日本の首都機能を果して来ました。そのノウハウは膨大なものがあります。そして今、日本の中のみならず、アジア全体が都市化に狂奔しています。此の時に当って、東京は、その経験を人間的でありながら、効率化を実現する新しい都市構成を形成させるべき人材の養成と手法の向上に努めるべきではないでしょうか。
　大体日本の思潮は相手の理解に基づいています。決して余分に時間をかけることを自慢するようであってはならないのですが、相互理解を進めて、妥協し合うのです。明石さん※がカンボジアで推進されたことです。「世界中に只一人でも不幸な人が残っているうちは、個人の幸福はあり得ない」と云う宮沢賢治の精神が、その基礎です。この北アジアの精神とも云うべきものが、賢治に集約され、新渡戸稲造先生が国際連盟を作られ、国際連合に引き継がれたのです。新渡戸先生は賢治精神の政治哲学における実践者だと思います。
　この精神を東京市長の経験を持つ内務大臣として大震災後の復興に実現されたのが後藤新平先生です。昭和道路は有名ですが、三多摩地区においても、利用目的も見当らなかった土地を買い上げて市有地としました。今、汚染物質の発生しない土地として多摩の上水を生じ、これが東京都民の水道源となっています。都民全体の生活を考えてこその着眼だったのではないでしょうか。都市工学の開祖です。
　今、東京に集る若者が、先ず東京を日本文化に基づいた理想都市化する、これが新大学だと考えています。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　※明石　康　元国連事務次長

まずは，言葉づかいから。パンフレットの最初のページに書かれる学長の言葉としては失格だ。「東京に集る若者」という表現が物語るように，（「つどう」と読ませたいなら「集う」とすべきだろうし「あつまる」と読ませたいなら「集まる」と送り仮名をふるべきだろう）文語的であり「殆んど」，「只」，「此の時」，「云っても」などの漢字の使い方は，受験生に違和感を与えるだろう。「大学案内」の最も大切な読者である若者を意識して書くべき文章でありながら，自分で使っている言葉をただそのまま外に出した，という点で， (皮肉なことに)読み手である相手を理解しているとは思えない！

内容と論理に関しては，あいかわらずあきれてしまう。
全体構成だが，
(1) 序論[第1パラグラフ]
(2) 日本の大学の歴史的概観[第2,3パラグラフ]
(3) 公立大学の意義[第4パラグラフ]
(4) 北アジアの精神[第5,6パラグラフ]
(5) 結論[第7パラグラフ]

となっている。論理の流れとしては，(1)～(3)まではなんとかついていけるが， (4),(5)が西澤氏独特の思考回路（？）で構成されているので，よほど西澤氏のこれまでの発言を意識して読み解いている人でないと，ついていくのが難しいだろう。各まとまりに対して，コメントしていこう。

(1) 序論：
「このたび、計らずも首都大学東京の学長を２００５年４月からお引き受けすることとなり、今更ながらその責任の重さをしみじみと噛みしめているところです。」
「計らずも」と言っているが，一年以上前からほぼその方向で決めていたのではないか。「学長を２００５年４月からお引き受けすることとなり、今更ながらその責任の重さをしみじみと噛みしめているところです。」というのも，結婚式の挨拶ならともかく，「新大学」の学長が最初に述べる必要がある内容ではない。「お引き受けする」というのも，依頼してきた人物（都知事）を立てる言い方で，大学案内の中心的読者である受験生のことを第一に考えるべきなのに，本末転倒だ。

(2) 日本の大学の歴史的概観：
「欧米流の学校教育が導入され、...殆ど毎年改廃があったと云ってもよい程激しい改革が行なわれ、...相当評価される境地に達することが出来た」
と述べている第3パラグラフでは，日本の教育が改革に次ぐ改革で成功を修めたと誉め称えているが，第4パラグラフでは「東京大学をその理想として画一化」が始まり，私立大学ですらこの偏差値中心の画一化の中に入ったと主張している。確かに，大学入試という観点で見れば，このような見方がなされてきたことも否定できないが， 大学教育を大学入試という観点だけから見るというのは，視野が狭すぎる 。今日では，大学の生き残り対策として，今までにもまして私立大学では個性的教育と就職率アップに力を入れている。その様子は， 2004年7月10日発売（7月20日号）「週刊エコノミスト」にも紹介されているとおりだ。誰かさんが学長を勤める岩手県立大学の就職率や学生の満足度が非常に高いことは，この記事にも紹介されているが，同大学のソフトウエア情報工学科の偏差値は51～53（ベネッセによる2003年，2004年調査）だから，西澤氏の言ったような偏差値中心の神話はもう崩れていると言えるだろう。皮肉にも，「首大」の偏差値も岩手県立大学に近づいているが．．．

(3) 公立大学の意義：
この点に関しては，「公立大学は地元が欲する人物を養成する目的で、地元が設立したもの」と断言しているが，それは一面的な見方ではないだろうか？地元にも高等教育を担う大学が欲しいという欲求は，若者が大学教育を受けるために都会へ出て行くという現象に終止符を打ちたいという意図もある。そして，地方都市に若者が定着すれば，地元産業が活性化されるだろう，というもくろみがある。そして地方の一都市であっても，大学での研究教育で世界的に一流になれば，「町おこし」に多いに役立つ。こういった多面的側面を持つ地方の大学，とりわけ地方公立大学が，地元が欲する人物だけを養成する目的で作られたと言いきることはおかしいのではないか。
そして，西澤氏の論は一挙にここからぶっとぶのだ。

「東京は、その経験を人間的でありながら、効率化を実現する新しい都市構成を形成させるべき人材の養成と手法の向上に努めるべきではないでしょうか。」
という言明の中で「その経験」とは「東京が、長い間、日本の首都機能を果して来た」ことを指しているのだが，意味が通じない。つまり，言い換えると：
「東京は，長い間日本の首都機能を果たしてきた経験を」(=A)どうするというのか？
「人間的でありながら、効率化を実現する」(=B)の部分は「新しい都市構成を」(=C) を修飾している。「新しい都市構成を」は，さらに「させるべき人材の育成と手法の向上に努めるべき」とつながる。そうすると，この文は，骨組みだけを抜き出せば：
「東京は，人材の養成と手法の向上に努めるべきだ。」という部分に凝縮されるから，Bの修飾要素はCにつながり「人材養成」と関わるが， Aの部分はこの文の中に組み込むことはできない。このような破格の文 を平気で大学案内の最初のページに載せること自体が異様である。わしがあえて添削するのなら次のように変えるだろう：

「東京は，長い間日本の首都機能を果たしてきた経験を生かして行かねばならない。効率化を実現しつつも人間味を失わないような新しい都市の形成を目指すことがこれからは必要であろう。そして，そのような社会を実現するための人材養成が必要であり，また，これまでの人材養成の手法を向上するように努力することも大切だ。」（ポーカス添削版）

という形になればようやく何とか理解できるが，＜新しい都市の形成＞と＜公立大学としての東京都の大学＞の位置づけとは，もはや直接的な関係はない。そう，実は関係ないのだ。

(4) 北アジアの精神
というタイトルで第5，6パラグラフをまとめさせてもらったが，ここが一番の難所であり，一番お粗末なところだ。

(A) 日本の思潮は，相手の理解に基づいている。
　(A-1) 相互理解を進めて、妥協し合うこと
　（ただし，決して余分に時間をかけることを自慢するようであってはならない）
　　具体例： (A-2) 明石さん※がカンボジアで推進されたこと
その基礎にあるもの：
　　(A-3)「世界中に只一人でも不幸な人が残っているうちは、個人の幸福はあり得ない」
　　という宮沢賢治の精神
　　(A-4) 宮沢賢治の精神 = 北アジアの精神
　　(A-5) 宮沢賢治の精神 = 新渡戸稲造が国際連盟を作り、それが国際連合に引き継がれた。
　　筆者の意見： (A-6) 新渡戸稲造は宮沢賢治の精神の政治哲学における実践者。
(B) 宮沢賢治の精神を実現したのが後藤新平。
　　例：(1) 昭和道路，(2) 三多摩地区で利用目的も見当らなかった土地を買い上げて
　　　市有地とした（今では汚染物質の発生しない土地として多摩の上水を生じ，都民
　　　の水道源となっている）。
　　筆者の意見： (B-1) 都民全体の生活を考えてこその着眼だった（都市工学の開祖）

もうここまで分解したら，誰でも分かるだろう。端的に分かる３点だけ反論しておこう。

◯「相互理解を進めて，妥協し合う」ことは，日本固有の＜思潮＞ではない。
◯ 北アジアというのがどこか分からない。（日本は東アジア。シベリアとかモンゴルを指しているのか，それとも「岩手県」のことを指しているのか？）
◯ 新渡戸稲造が国際連盟を作ったという事実はない。^注１

　雑誌『財界』でのインタビューでも繰り返していたが，「賢治の思想を東京都で実現させる」のだそうで，そのために「首都大学東京」の学長になったのだそうだから，このパラグラフは特に重要な意味を持つのだろうが，わしには何のことだかちっとも分からない。A-3のような 「世界中に只一人でも不幸な人が残っているうちは、個人の幸福はあり得ない」という宮沢賢治の精神を本当に信じているのなら，都立4大学の，今現在泣かされている学生や教員の不幸をあなたはどう考えるのか？ わしはな，本当に泣いている都立大生を見てきたんだ。悔し涙をうかべて，「なんで突然，これまで通り大学で勉強ができなくなってしまったのか」と怒りにうち震えて泣いていた。賢治の精神から考えて，西澤学長予定者はこの学生に何と説明するのだ！

(5) 結論
東京に集まって来た若者が，「東京を日本文化に基づいた理想都市化する」というのはどういう意味かな？「東京を理想の都市にする」役割を負っているのは，まず東京都の政治や行政にたずさわる人間と東京都民ではないのかな？「首大」がなんで，東京都を理想の都市にするために必要なのだろう。「日本文化」を強調するあたりも，かなり危ない臭いがする。 「関係ないじゃん！」と若者にそっぽを向かれるのは目に見えている。だが，今回の「首大構想」を考えたのは，みんなお年寄りだからな，現実の若者の姿など見えていなかったのだな。見えていたのは，東京都の財政赤字と，日本経済の停滞，一部の産業界の実態程度だろう。トップダウン・マネジメントを導入すれば，すばやい改革ができるというのは，優秀なトップがいる私企業での話だ。「首大」の場合は違う。理事長予定者が，あの『財界』（6月8日号）の記事で見せた大学に関して致命的なほどの知識不足と誤解（抗議文(pdf) 参照）。そして今回のような発言を繰り返す学長予定者がトップにいる。この２人が「首大」を思うがままに動かすとしたら，この先「首大」の未来は誰の目にも真っ暗に映るだろう。

最初のパラグラフに2001年流行語大賞に選ばれた「米百俵」という言葉が使われている。長岡藩が明治政府によって禄高を3分の1に減らされ，藩士は食事にも事欠く状態だった1870年，あまりの困窮ぶりを見かねた三根山藩から米百俵が届けられた時，長岡藩の小林虎三郎は

「米を分けてしまえば数日でなくなってしまい，それではいつまでたっても本当に食えるようにはならない。国の興るのも滅びるのも、ことごとく人にある。人物を養成したいのだ｡学校を建て人物を養成するのが、まどろっこしいようだが一番の近道。今は百俵の米が、その時には千俵にも万俵にもなるのだ」

として藩士に分け与えずにその米を売却し，その代金を人材育成のための「国漢学校」の設立資金としたという話である。（ここでの説明は， http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/yougo-ippan-2.htm#komehyappyo の抜粋，要約。）

今，東京都が強引に設立しようとしている「首大」は，『国家百年の大計は人にあり』という精神に基づくものではない。大学生が大学で学んだ後，すぐに就職できるような教育を中心にやろう，という精神だ。しかも，その就職先は地元でなければならないという。卒業後の「首大生」は，東京都を日本文化に基づいた理想的な都市にするのに貢献するように求められる。これは，西澤学長予定者が冒頭で紹介した明治以来の「米百俵」の精神と明らかに逆行している。すなわち，大学を国家百年の大計ではなく，「地方都市一年の小計」（！）におとしめてしまうからだ。「学問の自由」という言葉は，このように学問を＜地域社会のために速効性のあるもの＞に限定してしまってはならない，という意味も持っているのだ。100年，200年たっても光り続けるもの，そして今すぐには価値が分からないけれども，100年，200年たって＜人類全体に貢献できるような知識＞を含んでいる，そんな可能性を大切にするのだ。

「賢治の思想を東京都で実現させる」というのが「相互理解を進めて，妥協し合う」ことで「世界中に只一人でも不幸な人が残っているうちは、個人の幸福はあり得ない」という意味なら，まず何をさておいて西澤先生，都立4大学の教員や学生と話し合いをしてください！都立4大学の不幸な学生や教員を放っておくことは，「賢治の精神」に反するはずでしょう。
# まさか，「妥協はありえない」なんていいませんよね。

注１
新渡戸稲造は，大正8年（1919年）に事務局次長を承諾。以後、７年間国際連盟で働いたのは事実。（「大正8年、欧米視察中、パリで新設の連盟事務局次長に推され承諾、 7年間つとめる。」＜新渡戸稲造著『自警力---心のもちかた』講談社学術文庫 567, のあとがき：佐藤全弘『新渡戸稲造の生涯と社会教育』P.335より＞
「（ある機関）を作る」と言った時，通常は「（その機関）を企画，立案，実現へ向けて実際に決定的な貢献をした」という意味であり，「ただ（その機関）で働いた」という意味ではない。

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D-11 2004年10月5日に西澤学長予定者が，都立大に初来学したという話を聞いたのですが，どんな話があったのですか？次へ

ポーカス博士

それが，何にも伝わってこない。高橋理事長予定者の時は，意思確認書騒動の最中だったということもあるが，大騒ぎで，話の内容がいろいろと伝わってきたが，西澤学長予定者は，とても影が薄かったのだろうか？ずらずらと事務局のお偉方を従えて歩いているところを誰かが見かけたとか，そんな噂だけで，教授会でも何の話もでなかった。ようするに，おそらく都立大学総長と会って，挨拶をした程度のことではなかったのだろうか？ 2004年6月16日の朝日新聞に掲載された西澤学長予定者のインタビューでは， 「反対している先生ともざっくばらんに話をしたい。いつまでも足踏みしているわけにはいかず、話し合っていきたい」 と西澤氏は語っていたのだが，結局， 本当に言ったことを実行する人ではない ということが分かってしまった。親身を尽くして話し合いをする人の所には，人が集まる。そして建設的な意見が集約されて，大きな流れになっていく。しかし，儀礼的な話しかできない人は，結局孤立するだけだろう。
　西澤氏は学長として「首大」では，理事長に次ぐ権力者になる予定だが（ひょっとしたら事務長の方が力を持つかもしれないが），昨今の噂では，どうやら学長室や理事長室は，新宿の都庁の中にできるとか。 東京都直属の大学らしくなると言えばもっともらしいが，もし，そのような状況になるとすると，学生や教員とは別の世界に住むことになる。普段は大学に来ない学長，ということになる。理事長もしかり。そもそも理事と名のつく人達は，皆，都庁勤めになるという噂もある（すまんなー，噂ばかりで）。こんな状況になってしまうとしたら， 教育や研究の現場の声は，まったく上層部に届かなくなってしまうかもしれん。完全にトップダウンの「首大」の組織構成が完成して，トップが大学にいないとすると，いったい大学での緊急の事態にはどうやって対応するのだろうか？メールやファックスですまないような出来事が現実には起るはずだ。わしが恐れるのは，(1) 緊急時の意思決定ができるのか否か，(2) 教育研究の現場で起きていることを，把握できるのかどうか，そして大きな声では言いたくないが， (3) 誰かが強力なパイプ役となって，大学を我が物顔にコントロールするような最悪の事態を防げるかどうか，だ。
　今の都立大では，アポイントメントを取って総長に会いに行くことは，比較的容易にできるが，同じようなことを「首大」でするのは難しいということだな。それでも，毎朝きちんと定時に都庁の学長室に来て，月曜日から金曜日までせっせと仕事をこなし，「首大」からの連絡もすぐにつくならよいが，．．．。

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D-12 2004年11月1日発売の「エコノミスト」に西澤学長予定者のインタビューが載っているという話ですが，どんな話ですか？次へ

ポーカス博士

この11/9号の「エコノミスト」は，＜就職できる大学＞というのが特集になっている。都立４大学は，すでに次年度募集停止ということもあり，どこのランキングにも登場しないが，P. 28には西澤学長予定者の写真入りで 「専門教育の中心は都市工学だ」というタイトルでインタビューが掲載されている。３つの質問（というより，１つの質問と２つのテーマ）に関して，西澤氏の答えが載っているので、その形で引用し，コメントしよう。

【第１ブロック】
--- 首都大学東京はどのような大学を目指すのか。

■ 東京都、東京都民が必要としている人材を育成する大学だ。戦後、日本の大学は皆、「ミニ東大」を目指してきた。際は偏差値のみだ。平等対等を謳い、画一的な教育によって、枠にはまった学生を養成してきた。今は、日本の高等教育界には、どのような人材育成が望まれているか、もう一度考え直すべきときだ。国立大学の目的は、国全体として将来必要な人材の育成だ。それに対し、公立大学の使命は、自治体、県民都民が必要としている人材を提供することだと考えている。
　私が現在、学長を務める岩手県立大学（岩手県滝沢村。4学部5学科、大学院に 4研究科。学生数は、学部2025人、大学院186人）では、コンピュータ学習導入による老人の痴呆対策、地域の商店に在庫管理システムを提案するなど、高齢化が進み、情報化が遅れる岩手県に役に立つ教育や研究を取り入れた。開学して日が浅いが（1998年4月開学）、早くも成果が表れてきた。

「どのような大学を目指すか」という問いに対しての答えは，２回繰り返しているので分かると思うが東京都、東京都民が必要としている人材を育成する大学（「自治体、県民都民が必要としている人材を提供する」）だそうだ。おやっ，と思ったとしたら，するどい。今だかつて東京都民と「首大」 は結びつけられてこなかったが，ここで初めて登場した（厳密に言うと，オープンユニバーシティは，都民のための講座を開くと言っているのだが，大学構想の中心部分，基本的部分では，一切都民のことなんか話題にならない）。 東京都が必要としている人材というのは，東京都という自治体が必要としている人材だと理解できるが，それと平行して東京都民が必要としている人材というのは何のことだろうか？
　仮に，もしここに東京都民の山田太郎さんという人がいて，その人が人材を必要としているとしたら，どのような状況が考えられるだろうか？山田太郎さんが，もし普通の会社員だったら，「首大」卒業生を必要とするというのは考えにくい。でも，もし，山田太郎さんが会社の経営者だったら，大学を卒業したばかりの人材を必要としているかも知れない。そう，西澤氏の視点には，一般の雇用されている立場の東京都民は入っていない のだ。会社の経営者のような雇用する立場の人間こそが，西澤氏の頭の中にある「東京都民」なのだろう。かくして，自治体である東京都と，自治体での産業を育てるのが基本的な目標であり， 学問とか学問を通じた人格形成が目的ではないことが今またここで確認できた。

【第２ブロック】
--- 都立の４大学（都立大、科学技術大学、保健科学大学、都立短大）を統廃合して首都大学東京とし、4学部（都市教養、都市環境、システムデザイン、健康福祉）に再編成した。

■ アジアの中心都市である東京が、長い都市化の歴史を経て蓄えてきた経験を世界に向けて発信するための経験を世界に向けて発信するための場にする。専門教育の中心のひとつは都市工学だ。文明の利器を凶器に変えることのない、しっかりとした人間性を持った人物を育てるため、単なる技術、知識にとどまらない人間教育を主体とする。なぜ文学部を設置しないのか、という批判がかなりあったが、決して文学部を無視したわけではない。形を変えて都市教養学部のなかに活かしていく。
　限られた予算内で、すべての講義を自前で揃えるつもりはない。例えば、フランス文化は、教養としては必要かもしれないが、それほどニーズがあるわけではない。そのような講義を聞きたい学生は、他大学の講義を単位取得可能とする「単位バンク制度」を利用してもらう。「単位バンク制度」の単位対象科目を認定する専門の教官が学生をサポートする。他大学に優れた講義がある場合、対抗して同じ講義を首都大学東京にも作るのは意味がない。首都大学東京の授業プログラムを誤解されていろいろと批判を受けたが、決して職人学校を作るつもりはない。

ここでは，２つの点をピックアップする。１つは，「専門教育の中心のひとつは都市工学だ」の部分。これは，文字通り取れば，専門教育の中心がいくつかあって，その１つが都市工学だ，という意味になるが，これまでの石原都知事，高橋理事長予定者，東京都大学管理本部、そして，西澤学長予定者のこの手の発言が文字通り解釈できたためしはない。もし，専門教育の中心に他にも重要なものがあるなら，必ず付け加えているはずだが，以後のインタビューにも出てこないところから，このインタビューにつけられたタイトル，「専門教育の中心は都市工学だ」が西澤氏の本心だろう。「首大」を，都市工学を中心にやる大学にする，つまり， 都立の４大学の都市工学以外の所は縮小してしまおう，ということだ。そしてその縮小する部分は，「単位バンク制度」で面倒をみるそうだ。 「他大学に優れた講義がある場合、対抗して同じ講義を首都大学東京にも作るのは意味がない」そうだ。この考え方を進めて行くと，Ａ大学の数学の講義は優れているから首大では数学をやらない，Ｂ大学の中国史の講義は優れているから首大では中国史をやらない，と，どんどん逆行していくことになり，最終的に「限られた予算内で」「都市工学を中心にやる」のだから，「首大」の他の授業は好きなだけ削減できる，というシナリオになる。他の大学に優れた講義があるから，自分の学長をする大学ではやらないなんて，そんな発言，有史以来存在したのかどうか疑わしい。
　文学部廃止に関して初めてふれているが，「無視したわけではない」というのには恐れ入った。「無視したわけではないが大幅に削減した」わけで，「形を変えて都市教養学部のなかに活かしていく」とはまたまたたまげた。大学での教育研究プログラムというのは，一定の教員とその分野の基礎的知識を与えるだけのカリキュラムがあって，初めて存在できる。16名の教員で分野を作り教育していた所を３名の教員にして何ができると思うかい？生物界の自然淘汰みたいなものが大学の分野にもあって，一定の人数の教員が確保できないと，後はもうどんどん壊れていく。ライフゲームって知ってるかな？コンピュータ上の自然淘汰のシュミレーションみたいなものだが，繁栄してどんどん増殖していっても，一定の数を下回ったところから，どんどんその数を減らしていき，やがては絶滅してしまう。形を変えて都市教養学部のなかに残した文学部など，わしから見れば，すでに十分，一定数を下回ってしまったように見える。後は，強行に導入されようとしている「単位バンク」が大手を振るって，教員の数が減らされていくだろう。

【第３ブロック】
---東京都と都立大の対立があったが、ようやく9月30日に文科省より大学設置認可がおりた。

■ 都の職員と都立大の先生との間で、「新大学構想」に関して、意見の食い違いが出たのは残念だ。都の職員は文部科学省の職員とは違い、大学の先生との付き合いになれていないから、誤解も生じやすかったのだろう。設置認可を機に、きちんとした意思統一を図るつもりだ。これからは、お互いによく話し合いながら、首都大学東京の方向性を決めていきたい。
（聞き手＝濱村眞哉・編集部）

「都の職員は、...大学の先生との付き合いになれていないから」というのは，確か都知事がかつて使っていたセリフだ。もともと，部局扱いだった都立大学を第２事業所に格下げして管理し始めたのは東京都だ。最初は，教育庁がやっていたが，大学管理本部ができ，教育庁の人が去っていき，港湾局の役人が集まって大学の管理をやり始めたのが，2003年7月頃だ。教育のことなどまったく関係ない人達が，よってたかって勝手に大学の設計をしたから，その誘いにのった一部の大学教員以外，誰も大学設計には参加しなかった。だから，誤解が生じるのは当然。認識がまったく間違っている。これまでまともな話し合いは一切しなかったから，これからは「お互いによく話し合いながら、首都大学東京の方向性を決めていきたい」 と言っているらしい。しかし、このセリフは，もう何ヵ月も前から聞かされている。本当に話し合う気持があるのなら，一部の管理本部に足繁く顔を出す教員だけでなく， 不満をもって働かされている就任承諾書を提出した若手教員と話し合うべきだろう。口先だけでなく，実行してもらわねば話にならん。

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